2020年8月2日の説教要旨

2020年8月2日
第一主日礼拝
説教「家に帰らせてくださるお方」
マルコ5章1-20節

【湖の向こう岸】

嵐を越えてガリラヤ湖を渡った主イエスの一行。主イエスには目的がありました。ただ一人の人物を救うこと。その人物を訪ねた後、一行はまた舟に乗って立ち去ったのです。その人物はゲラサ人、つまり異邦人でした。一人の異邦人のために主イエスは嵐を越えられました。もちろん、私たちのためにもそうしてくださいます。

この人は「汚れた霊につかれた人」(2)。「汚れた霊」とはなにか。第一にそれはこの人が「この人は墓場に住みつ」(3)くしかないようにしました。彼は人びとのあいだに住んでいたのですが、暴れました。そこで「たびたび足かせと鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまい、だれにも彼を押さえることはできなかった」(4)のです。そんな人間離れした力は彼の中に「私たちは大勢ですから」(9)と自ら言うほどの汚れた霊が住んでいたからでした。そのために、彼は他の人とともに生きることができなくなっていたのです。他の人との関係が断たれること。これが汚れた霊のした第一のことでした。

彼は「それで、夜も昼も墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていた」(5)とあります。悪霊のわざの第二がこれです。彼は自分をたいせつにすることができません。自暴自棄になって自分を傷つけないではいられないのです。

けれども汚れた霊(15節では「悪霊」)の最悪のわざは第三。「いと高き神の子イエスよ、私とあなたに何の関係があるのですか。神によってお願いします。私を苦しめないでください。」(7)と、この人に言わせたことです。ことば遣いこそていねいですが、「イエスよ、あなたと私は関係がない。口出ししないで、放っておけ。」と言っているのです。ここで汚れた霊は、神と人の関係を断ち切らせようとする者であることがわかります。汚れた霊は、他の人びとを愛せなくし、自分を愛せなくし、神さまを愛せなくするのです。

ここで思いだすのは創世記3章です。あの蛇の誘惑の言葉は「それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです。」(創世記3:5)でした。「神のようになれ。神など必要ない者になれ。」とそそのかしたのです。蛇、すなわちサタンの目的は私たちに「神よ、あなたと私たちは関係がない。口出ししないで、放っておけ。」と言わせることでした。マルコ5章の汚れた霊はまさにこのサタンの手下なのです。

私たちは鎖をひきちぎったことも、墓場に住んだこともないでしょう。けれどもかつては、「神よ、あなたと私たちは関係がない。口出ししないで、放っておけ。」と思っていました。サタンの支配のもとにあったのです。その結果、自分をたいせつにすることができず、まわりの人びとをたいせつにすることもできませんでした。「自分は自由だ、神などにしばられない。」そう思っていながら、実は、愛する自由がないサタンの奴隷でした。自分と他人を愛することができません。そのために、自分と他の人を比べて、自分をなんとか受け入れようとするのですが、優越感と劣等感の間をいそがしく往復するような、そんな生き方に陥っていたのです。

【この人から出て行け】

主イエスはこの人を救うために来てくださいました。そして「この人から出て行け」(8)と命じました。「二千匹ほどの豚の群れ」(13)が死んだことは悪霊のすさまじさを物語ります。けれども、主イエスには権威があります。私たちをサタンの支配から解き放つことだがおできになるのです。ご自身の血をもって。いつもいつもいつも開くへブル書の「死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした。」(2:14-15)とあるように十字架の愛によってでした。

【家に帰らせてくださるお方】

解放された人は、「お供させてほしいとイエスに願った」(18)とあります。弟子たちのように、主イエスとともに旅をし、神の国の前進に役立ちたいと願ったのです。けれども、主イエスはお許しになりませんでした。そして彼にこう言われたのです。「あなたの家、あなたの家族のところに帰りなさい。そして、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを知らせなさい。」(19)と。先には弟子たちに「向こう岸へ渡ろう」(4:35)と言われたイエスです。けれども、私たちにはそれぞれに置かれた場所があり、そこがそれぞれの持ち場です。そこに主イエスも。

コロナが再び勢いを増すなか、私たちの礼拝も今日から、またYoutubeライブ礼拝となりました。けれども、それぞれが置かれた場所で、いま味わうべき恵み、いまなすべき使命があります。主イエスがそれぞれとともにいて、その使命を果たさせてくださいます。