2020年11月22日の説教要旨

2020年11月22日
第四主日子ども祝福礼拝
説教「救い主であるお方」
マルコの福音書8章27-30節

【いちばんたいせつなこと】

子ども祝福礼拝にようこそいらっしゃいました。礼拝ではマルコの福音書を順に読んでいますが、今日の箇所は、子どもたちにふさわしい箇所ではないかと思います。もちろん大人たちにも。なぜならこの箇所には聖書において、そして、子どもたちの人生でいちばんたいせつなことが記されているからです。それは「イエスとはだれか」という問いへの答です。今日はただこのことだけをできるだけシンプルに語ります。

【不思議な回り道】

ただ、その前に地図を見てください。この後、イエスはエルサレムに向かいます。この地図のずっと下の南の方です。ところが今日のできごとが起こったのは、北のピリポ・カイサリアです。つまり、イエスはわざわざ回り道をしているのです。それはピリポ・カイサリアがローマ皇帝アウグストゥスを祀(まつ)る神殿のある町だったからです。その神殿を建てたのはヘロデ王。クリスマスにイエスを殺そうとしたあのヘロデ。そしてその息子ピリポが、この町を「ピリポ・カイサリア」と名づけました。ピリポが名付けたカイサリア、すなわち皇帝の町という意味です。イエスは皇帝を神とするこの町で「わたし(イエス)はだれか」と問われたのでした。皇帝の権威を見せつける町で。

 私たちにも今朝イエスは「わたし(イエス)はだれか」と問われています。私たちを取り巻く環境はピリポ・カイサリアに似ているかもしれません。神を知らない人びとがそれぞれ自分がよいと思うことをしています。その中で私たちもお金や力に目を奪われがちです。けれども主イエスは、そのただ中で、静かに私たちに「わたし(イエス)はだれか」と向き合っておられるのです。

【あなたはキリストです】

この問いにペテロは正しく答えました。「あなたはキリストです。」と。キリストとは「救い主」。ペテロは「あなたは私を救ってくださるお方。私の人生においてあなたを主とします。あなたを従うべきお方とし、あなたに従います。」と言いました。救いは私たちの過去・現在・未来におよびます。私たちの過去は、さまざまな罪や恥、心に受けた傷に満ちています。けれども主イエスは、それらをみな引き受けてくださり、赦し、その責めからも解き放ってくださいます。私たちの現在は、コロナによる苦境や病、人間関係の悩みなどに満ちています。けれども主イエスは私たちを抱きしめ、安心して、落ち着いて、きちんと愛することができるように力を注いでくださいます。私たちの未来もまた、主イエスとともにあります。主にある兄弟姉妹とともに永遠の喜びの中に生きるのです。

【子どもたちよ】

私たちは子どもたちにもこんなにすばらしい救い主イエスを伝えたいと思います。できるかなあ、と思いますね。でも、だいじょうぶです。ペテロの正解を引き出したのは主イエスです。私たちの子どもたちにも主イエスが向き合い、主イエスが正解を引き出してくださいます。ただ、主イエスは「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。邪魔してはいけません。神の国はこのような者たちのものなのです。」(マルコ10:14)と言いました。子どもたちが主イエスに近づく手助けをしてあげたいですね。

主イエスを救い主だとか告白する子どもたちの人生はほんとうに豊かなものになります。過去・現在・未来において。たとえ、どんなまちがいや罪を犯したとしても、主イエスが赦し、恐れや自責の念から解放してくださいます(過去)。不安や困難の中でも。置かれた場所で、きちんとていねいに愛して生きることができます。そのような子どもたちが、分断と理解し合えない痛みにうめくこの世界に回復をもたらしていくのです(現在)。添えて与えられている永遠のいのちを喜びつつ(未来)。